お世話になっております。4年の橋本龍人です。
先日、団体戦が終わり、急遽伸ばした1年のウィンドライフもついに幕を閉じました。
結果としては、団体6位。十分な前入り期間もあり、表彰台は十分に目指せるメンバーであったと断言できます。しかし、肝心の4年の僕らが走れず、なんとか6位入賞という結果でした。
もっと前を走りたかったし、後輩に道を示したかったし、期待にもっと応えたかった。果たせなかった悔しさは無限にあります。
でも正直に言うと後悔はありません。筋トレ・前入り・減量と出来る準備は全部しましたし、練習でも本番でも死ぬ気で漕いでました。不完全燃焼のインカレ個人と違い、今回はチームだけではなく、自分のためにもやりきったと断言できます。
なので、笑って終えられると思ってました。かいとがいくら泣いても横でヘラヘラ笑ってられる自信がありました。最後の集合、かいとが話してる時、まさかの秀都の涙を見て、
「お前が先に泣くんかい」
と思いつつ、自分の涙腺が死んでしまいました。
秀都がこのチームでもっと上に行きたかったと強く思ってくれたことがひたすらに嬉しかったです。その意志を後輩にも引き継いでってほしいです。
引退ブログってことなので、4年間の振り返りでも書こうかなって思ったんですが、書きたいことがありすぎてまとまらないので辞めました。ただ、この1年を振り返って思うのは、
「もう1年続けて本当によかった」
これに尽きます。
新しい後輩が10人もできて、今までの後輩のことは深く知れて、新しい同期とかもできて、正直めちゃくちゃ楽しかったです。慶應ウィンドだけじゃなくて、NTも学連全体にもウィンドサーフィンを通して友達ができ、引退してたら絶対に得られない貴重な時間でした。
この先、入賞争いの緊張も、ミーティングでのふざけ合いも、前を走った時の高揚ももう味わえないのかと考えると名残惜しいものがあります。それでもマスパン・リーパンはお腹いっぱいです、2度と漕ぎません。
誰よりも長く慶應ウィンドに所属していた身として、偉そうながらも後輩に伝えたいことを書いておこうと思います。何か壁にぶつかった時とかに思い返せる程度には、頭の片隅に置いとくといいかもしれません。
【1、結果に拘りながらも、囚われないでください】
この競技はリザルトという形で嫌でも優劣がつきます。それが良いところでもあるんですが。
僕の場合、
権利レースも支部選も落ちて、全日ドベ4になった2年は、悔しすぎて、何もかもが上手くいかないことに焦りを感じて、辛かった記憶があります。自分が遅いリザルトなんて受け付けられなかったし、受け入れたくもなかったし。
速くなれる気がしなくて、モチベを落として練習を怠ったことを今でも後悔してます。もっと長期的に俯瞰的に見るべきでした。「今練習を頑張る意味」を目先の大会の結果でしか考えられず、「4年の時にどうありたいのか」「チームの一員としてどうありたいのか」を全く考えてなかった。だから年度始めの個人面談では2・3年にその質問をしてました。
「結果」ってのは自分が満足するためには必要不可欠だと思います。
思うような結果が出ない時は、負けず嫌いな程苦しいものになると思います。もしかしたら途中で辞めたくなるかもしれないし、最後まで続ける意味が見えてこないかもしれない。「大して速くないし、引退すればいいか」と思ってしまうこともあるかもしれません。
そんな時でも、結果を求めて努力した「過程」は、周りに影響を与えます。痛くても漕ぎ辞めなかったパンピングはチームメイトのやる気に繋がるし、率直な質問や爆吹きにめげないセールアップは、先輩の原動力にもなってます。
たとえ自身の結果が出なかったとしても、誰かの「結果」に必ずつながってます。
そう考えれば、少しは気楽に努力できます。速くなれる保証なんてどこにもないけれど、セールをアホみたいに揺らす動作も頑張れると思います。
【2、同期・チームを大事にしてください】
めっちゃ当たり前なことですけど、個人スポーツのこの競技においては意外と難しいです。
正直言うと、僕は1〜2年の時は何にも気にしてなかったし、多分同期のこととかそこまで大事にしてなかったです。(今でも大事にしてないだろというツッコミは受け付けません)
2年の冬、早慶戦後に五月女と話したときに少しずつ気付かされました。
五月女に
「岡本さんみたいに、俺らの代で団体優勝目指したい」
と誘われたのに対して、留学することをそこで打ち明けました。
そのときの、がっかりさせた顔を鮮明に覚えてます。
そこで初めて、同期の目標を1つ潰していることに、そしてチームを蔑ろにしてることに、気付きました。
だからこそ、帰国後は少しでも追いついて団体戦を目指すことを考えてました。
今は自分のことしか考えられないだろうけど、いざ大事な場面になった時にはチームのことも考えてあげてください。それがもう一踏ん張りするきっかけになったりします。
【3、今の環境を当たり前に思わないでください】
これには、今年度痛感しました。自分より絶対的に上手い先輩がいない不安というのは、どうしようもないです。
「岡本さんとか五月女に追いつけるようになれば速くなる」
これは間違いなかったし、明確な指標でした。でも4年になるとそれが自分にならないといけない。
来年度は、秀都という頼りがいがありすぎる先輩がいます。なので1年・2年は存分に頼って、先輩がいるうちに成長してください。上手くなるためには、同期だけじゃなく、先輩に絶対勝ってやるぐらいの貪欲な気概が必要です。この1年間、秀都・愛子からはそれをずっと感じていました。
時にはライバルである同期でも、教えるべき後輩にも頼ってください。勝利には貪欲に、成長には素直なやつが明らかに強いです。
慶應ウィンドの先輩・同期・後輩、OBOG、CBの方々、明治。逗子の全てに感謝しながら、その恩恵を最大限活かせるように努力してください。上を目指すには十分すぎる環境が整ってます。
自分自身の反省も込めての教訓だったので、なんか暗い感じになってしまいました。でも、この4年間、結果を出せた喜びも、結果を出せない悔しさ・申し訳なさも、どちらも多く味わってきたからこそ感じたことです。
これから先、結果が出ずに思い詰めたり、周囲の期待に応えようとして自分を追い込んだりすることもあると思います。 もちろん勝ってくれたら先輩として嬉しいです。でも結局のところ、勝利も敗北も戦っている自分自身のものです。すでにOBになってしまった僕たちに、その結果が重く残ることはありません。
だからこそ、結果がどうあれ、そこに挑戦した道のりが全力であるならば、僕は等しく応援しています。あまり気負いすぎず、気楽に頑張ってください。
辛いことは沢山あるかもしれないけれど、その10倍、100倍以上に慶應でウィンドサーフィンを4年間やり抜く意味があったと僕は強く思います。
最後に、自分の面倒を見てくださった先輩、引退後もずっと応援してくれていた同期、刺激を与え続けてくれたNTや学連のみんな、安心できる練習環境を提供してくださってるCBの方々、絶え間ないサポートをしてくださってるOB・ OGの方々、そして家族に改めて感謝申し上げます。
結果で恩返しすることは叶いませんでしたが、あとは僕の自慢の後輩たちがやってくれます。
僕の引退日誌はこれにて以上となります。長いですが、読んでくださってありがとうございます。
5年間(?)、本当にありがとうございました。
時たま逗子に顔出すつもりなのでまた会いましょう。
15-11
橋本龍人
P.S.
みんなへメッセージ
1年へ
とりあえず死ぬほど自主練に出てください。今の実力とかこの先1mmも関係ありません。努力次第でいかようにも速くなれるし、遅くなります。10人全員が引退までウィンドサーフィンに真摯に向き合ってくれることを願ってます。あと新歓絶対10人以上入れてください。
2年へ
来年度チーム全体を強くするには、おそらく今の2年の頑張りが1番重要だと思います。秀都だけじゃなくて、2年も後輩にとって速い存在であり続けることが必要不可欠です。出来れば、秀都に刺激を与えるほどにね。簡単なことじゃないだろうけど、応援してます。
周作へ
カナダステーキありがとう。留学から戻ってきたらほぼドベを走ると思います。てかそういうものです。でも周作が遅いままじゃ1年がかまけるので頑張ってください。ドベからの飛躍を期待してます。
秀都へ
代替わり後の面談で、「速くなってくれ」と頼んだのに対して200%で応えてくれてありがとう。
同期がほぼいない中での主将は大変だろうけど、秀都ならチーム全体を見ながら自分の結果を出せると思います。あとはLINEの返信を早くするだけです。
前を走るのを見てます。まじで応援してる。
やのけんへ
正直、団体戦一緒に目指したかった。でもインカレまで一緒に競い合えたのは楽しかったです。最後までイントラしてくれて部のために向き合ってくれてありがとう。
そうまへ
この1年間いてくれたお陰で、4年の雰囲気も確実に良くなってました。本気で続けるか悩んでいたそうまがインカレまで続けてくれて、団体も目指したいと思ってくれた時は素直に嬉しかった。
松尾へ
まさかの高2からの7年の付き合い。「新歓ぐらいは手伝うか」って言ってたやつがここまで続けてくれると思ってなかったです、俺がゴリ押した気がしなくもないけど。速いとはお世辞にも言えないけど、慶應ウィンドには必要不可欠な存在だったし、俺のモチベにもなってました。
一緒に最後まで続けてくれてありがとう。
かいとへ
正直言うと、主将は向いてなかったと思う笑
だらしないし、リーダーシップもそんなないし、怒るの下手くそだし。かいとへの不満を数えたらキリがありません。でもこのチームの主将は間違いなくかいとであるべきだったし、かいとで良かったと思います。
一緒に団体まで頑張れて本当に楽しかった。





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