平素よりお世話になっております。
4年の長井です。
今は和歌山に向かうハイエで締切に追われています。これで最後の遠征かと思うとなんだか感慨深いです。逗子通い10年目になるとは中一の俺は想像してもいませんでした。逗子の海にはお世話になりました。10年の間では爆吹きの日も中風の日も遠泳の日もありました。「心折れたので帰着します」というLINEをしたのも今となっては懐かしいです。
さて最後のブログということで、何を書くか迷っていましたが、軽く振り返りでも書いていこうと思います。
俺はそもそもこの競技に対して本気でやる気はさらさらありませんでした。水泳部として活動してきた6年間で本気でスポーツをすることに疲れていたからです。1年目はろくに自主練も出ず怠惰に過ごしていたと思います。転機は2年目の春でした。沖縄で遊びたいと強く思いました。その時期が1番自主練に励んでいました。松尾とまじで無限に出ていたと思います。結果無事に沖縄に行くことが出来ました。3年目は学連委員長としての記憶が大きいです。それにかまけてウィンドにはコミット出来てなかったのでしょう。まさかの支部戦落ち。毎年そういう人がいますが、まさか自分がそうなるとは思っていませんでした。まあ就活で聞かれがちな人生の挫折についての話の種ができたので良しとしましょう。4年目のモチベーションは主に2つあって、1つ目が俺の成績で今年の慶應の未来決まるなあでした。五月女はどうせ速いので、2番手の俺次第やなと思っていました。2つ目は支部戦3年で落ちたやつがインカレ入賞したら主人公やん!でした。また、学連委員長ジンクスでインカレ個人戦は10位入賞というのもあり、達成出来たらかっこよくね?と思ってもいました。結果的には達成出来てよかったです。
ざっと振り返ってきて思うのが、つくづくスポーツには負けず嫌いさが大切だなということです。ウィンドは特にそうな気もしますが、強いやつは大抵負けず嫌いです。松尾もブログで書いていたことですが、俺もその素質はまるでないです。そういう意味で才能はねえなあと思います。でもその分コンスタントに努力し続けることでギリギリ追いついていると思います。基本的になんも考えてないので、とりあえず続けんのは得意です。そうやって目標は必ず達成してきました。さりげなく自慢すると達成出来なかった目標は基本ないです。全てギリギリで突破してきました。俺の人生は100点満点のテストで合格点が80点だとすると満点は絶対に取れませんが81点は取り続けてきました。
その上で思うのが目標はマジ大事ということです。例え的に言うと合格点の設定です。後輩たちに何か言い残すとしたらそれです。そのために何をすべきなのか考え、計画的に行動する。それだけで大抵の事は何とかなります。俺の場合はインカレ入賞が目標でした。幸運なことに俺には指標として同期の五月女がいました。それをもとに練習に励むことが出来ました。
最後にですが、結局4年間最後まで一緒にいたのは五月女でした。ありがとう。まさかこうなるとは1年目の俺たちは思ってもいなかったけどな。
同期へ。俺は基本なんも考えてなくて流れるように生きてるから、自分のやりたいことあるみんなのことは尊敬してます。まあ団体応援しててくれや。
後輩へ。1年で何とかなることは俺が証明したと思います。あとはそれぞれの目標に向かって頑張れ。
先輩方へ。俺が1年の時は誰も俺が速くなるとは思ってなかったと思います。今でも先輩たちより速いとは思えてないですけど、そこそこにはなったと思います。団体の応援お願いします。あ、あと差し入れ待ってます。
2/15-20
〒641-0012 和歌山県和歌山市紀三井寺673
団体戦表彰台のぼります。応援よろしくお願いします。



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